物理学の殆どは解けない(前編)
さて、「この世界は一体どうなっているのか?」について書く前に、また少しだけ私の学生時代の話を書いてみます。
物理学を真剣に学ぼうと意気込んで大学に入った私は入学後すぐに、あることを知ってとてもショックを受けました。
それは以下の事実です。
物理学で使用する方程式の殆どは解析解(一般解)を持たない。
「??」
これについては、あまり詳しく書くと読者が半減しそうなので(笑)、とても簡単に解説してみましょう。
物理学というのは数式を使ってこの世界の法則を表わす学問です。
そしてその数式は“(偏)微分方程式”と呼ばれる形態で記述されることが普通です。因みに当時、高校物理では微分方程式を使用してはいけないルールになっていましたし(数学の選択科目の都合上)、おそらく今でもそうでしょう。なので私も大学に入るまではこの事実を良く知らなかったのですよ。
微分方程式というのは中学でも習う“方程式”の一種ですが、その特徴は、答えが数字ではなく数式になるところです。
ここに具体的な微分方程式を載せると読者の殆どが消えそうなので数式を使わずに説明しますが、例えば力学ならば”運動方程式”と呼ばれるものを微分方程式を用いて作り、その解は数式となります。
しかしながら、です。微分方程式というのは解くのが難しく、とてもシンプルなものしか解くことが出来ないのです。
これは“難しくてまだ解が発見されていない”という意味ではなく、微分方程式の多くは“解が存在しない事が証明されている”という意味です。(非線形問題や多体問題などは解析的に解けないものが殆どです)
例えばです、空気抵抗や摩擦が一切無いと仮定した“振り子の運動”でさえも解を持たないため解くことが出来ず、先の予測をすることが出来ないのですよ。
「そんなバカな」
と私も思いました。
だって高校物理でも“振り子の運動”はかなり初歩的なモデルとして扱っていましたからね。高校時代は受験に関係ない事まで考える余裕はありませんでしたが良く思い出してみると、確かに高校物理では振り子の運動方程式を何やら近似した式に変更していました。
具体的に言えば、
sinθ=θ
という訳の分からない近似をしていたのです。いや、sinθ のままだと解けないので訳は分かるのですが……。
ですが sinθ=θ が成り立つのは、θが0の時だけです。つまり、振り子が止まっていて全く振れていないときだけ、近似したものが正しい式と同じになります。
「いやいや、振れてない時だけ正しいって……」と突っ込みを入れたくなりました。
更にこれに空気抵抗や摩擦などの、現実世界に働く力を厳密に考慮すると運動方程式がより複雑になるため、近似して解くことすら難しくなるでしょう。
因みに振り子の先に更に振り子を付けた“二重振り子”に至っては、カオス的な挙動を示すために近似的な解さえも無く、全く未来の予測ができません。
動画1 : 二重振り子の実験例
つまり高校物理では現実世界とはかけ離れた、“特殊な解ける式”だけを扱っていたことを知ったのです。
まあ解けない問題は試験に出せませんから、やむを得ないことでしょうが……。
私がこの宇宙の真理を突き止めてくれるものだと期待していた物理学ですが、大学に入学早々いきなり出鼻をくじかれました。
「やっぱり物理学は真理には繋がっていなかったのか?」
一瞬、そう思いました。そしてこの事実を知った私は大学の講義を適当にサボり、またヒントを求めて本屋に通いました。
そんな時に出会った一冊の本が、また私の価値観を大きく変えることとなりました。
その本に書かれていた内容とは、
「微分方程式の解き方には2種類ある」
というものでした。一つは従来通りの数学の手順にて方程式を解く、“解析的な手法”です。
そしてもう一つの手法こそが、“数値解法”だったのですよ。
この“数値解法”を現代の言葉で言うならば、“コンピューター・シミュレーション”です。
時は1992年の話。まだコンピューターの性能は低く、そしてとても高価な時代でした。
ですがその本には「やがてコンピューターの性能は大きく進歩し、これからの時代はコンピューターによる数値解法がとても重要な役割を担うはずだ。そしてコンピューターこそが次世代の物理学の扉を開くだろう」と書かれていました。
更にその本には、コンピューターによる数値解法は“実験しない実験物理”であり、“数学を使わない理論物理”だと書かれていました。
この言葉はまるで天啓、いや、稲妻の様に私の脳天に突き刺さりました。私は貯金をはたいて当時はとても高価だったパソコンを買い、プログラミングに明け暮れました。
そしてはじめて自分でアルゴリズムを考えて作ったミトコンドリア・イブのシミュレーションが、その後の学生生活を大きく変えることになったのです。
続く……。
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