幸福について先人たちの知恵に学ぶ



さて、幸福とは科学的には何なのか?に、何をしたら幸福を感じるのかはそれぞれの人の脳の仕様によると言いました。
まあそれは確かなんですが、幸福と言っても色々なレベルが有るものです。

美味しいものを食べて幸せ、セックスして気持ちいいー、パチンコで大当たりして最高の気分~、なんてのも確かに幸福感ですが、表面的で長続きしない幸福感ですよね?
宝くじに当たったって、殆どの人が不幸になるのは有名な話です。
1000人切りをした男性も、最後には虚しさで溢れると言われていますしね。

幸福感については上記のような刹那的な物ではなくて、もっと腹の底から湧き上がり、それがずっと継続するものも有るのですよ。
人類は数百年前に生まれたわけではありません。クロマニヨン人などの新人類以降だけでも数十万年の歴史を持っていて、先祖たちだって幸福についてはずっと考えていたのです。
その中から特に伝説的な人達が言った、幸福になるためにどうすればいいかについて少し述べていきましょう。

今からおよそ2600年前。東洋にて一人の大哲学者の男性が幸福について述べています。
彼は幸福になるためには、

「縁起を大切にしなさい」

と人々に教えました。
これは自分に起きる全ての出来事は縁によって起こっているので、自分の縁ある人を大事にしなさいという意味です。
そして縁ある人とは自分の家族や隣人、友人など自分が接する人を指します。

それからおよそ600年後、今度は西洋にて一人の極めて優秀な男性が幸福について述べました。
その内容とは、幸福になるためには

「汝の隣人を愛せよ」

です。
意味は読んで字のごとくで、あなたの周りにいる人、つまりあなたが接する人たちを大切にしなさいという意味です。


翻って日本では、江戸時代に山本常朝という人が武士道について述べた “葉隠”の中でこう言っています。

「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」

これは現代語で言うなら「武士道とは死ぬことであることが、やっとわかった」であり自決の賛美と捉えられがちですが、本当の意味は異なります。
この文には主語がありません。一体誰が誰のために死ぬのか? 
主語を補完して現代文にするときっとこうなるでしょう。
「武士道とは、主(仕える君主)のために死ぬことであることが、やっとわかった」
と。

さて、もう気づいている方が多いと思いますが、東洋に生まれた男性は“釈迦”と呼ばれる人で、西洋に生まれた男性は“キリスト”と呼ばれる人です。

実は釈迦もキリストも武士道も、その表現こそ違えど、実は同じことを言っているのですよ。
彼らの言った言葉を現代風に意訳して言えば、以下の様になるでしょう。

「自分のためでなく、人のために生きなさい。それが、あなたが幸せになるための唯一の方法ですよ」

生まれた国も時代も人種も異なる人たちが同じ結論に至ったというのは非常に興味深いですね。
そしてその教えが時に宗教という形で何千年もの間、人々によって言い伝えられているということは、恐らくその中に真理を含んでいるのでしょう。たとえそれが科学的根拠のない、経験則だったとしてもです。

注:
私は釈迦もキリストも人間だったと思っているので、宗教を信じている人はご容赦くださいね。ただその時代にそぐわぬほど極めて優秀な人間だったので、周りの普通の人たちからは神や仏に見えたのでしょう。彼らの死後、やがて後の人々が彼らを祭り上げることで宗教が始まった、というのが私の解釈です。後に詳しく書きますが、私は仏教もキリスト教も、またそれらを信じることも正しいと思っています。そう言うと今は矛盾しているように感じるかもしれませんが、これはレトリックではなく論理的にも正しいものであり、その説明も後でじっくりするのでもう少し待ってくださいね。


つまり自分のためだけに生きていては何をしても薄っぺらく刹那的な幸福感しか得られません。
ですが、自分以外の誰かのために何かをして生きることで、自分自身が最大の幸福を得られるというのが、おそらく人間の脳の共通の仕様なのでしょう。

ちなみにこれは私の個人的な経験則からも正しそうです。
是非あなたも実験してみてはいかがでしょうか?


最後に一つ、面白い話を添えておきましょう。
近しい誰かの介護をしている人間は、とても長生きするだけでなく、幸福度も高いそうです。
逆にアメリカの株のトレーダーなどで30代で大金を手にしてリタイアした人は、びっくりするくらい短命なそうです。

これらの事実が示唆しているのは、人のために生きなくなった人は、幸福でないだけでなくすぐに死ぬ、ということです。

しかもこれは人間だけでなく、他の生物にも当てはまると言います。
例えば鮭が生まれた川に戻り、産卵するのは有名ですね。そしてメスは産卵をしたら、オスは受精させたら、皆一斉に死ぬのです。
何万匹もの鮭の全てが偶然に同じ日に寿命を迎えるわけもなく、また病気で死ぬわけでもないでしょう。
つまり、役目が終わると「死ね」という命令が遺伝子から来るのでしょうね。

そしてこれに近いことは人間でも起きているような気がします。
老人ホームのような所に入所すると、すぐに亡くなるご老人が多いのは有名な話ですね。


本項の話は深遠な事を示唆していると思います。
重要なので、是非覚えておいて下さいね。


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